GENZAICHIゲンザイチ-File NO.004 大貫伸弘さん

野菜本来の力強い味を引き出すため、農薬やビニールハウスは使わない。失敗や苦労も数多く経験しながら、より美味しい野菜を作るために日々努力を重ねてきた。2024年で自身の農園開業から10年目になる。

Bonz farm(ボンズファーム)

埼玉県羽生市で野菜農園「Bonz farm(ボンズファーム)」を営む大貫さん。化学肥料や農薬を使わず、自然に近い環境で美味しさを引き出す有機栽培にこだわっている。大切に育てた野菜は、おもに飲食店や個人を相手に販売。季節に応じて、旬のオススメ野菜を詰め合わせた“定期便”は人気商品だ。

実家も3代続く農家であり、大貫さんは4代目に当たるそうだが、最初からこの道に進もうと思っていたわけではない。高校卒業後はスポーツトレーナーを志し、ヒューマンアカデミーのスポーツカレッジへ入学。そこから四年制大学の経済学部へ編入し、飲食系ウェブサイトの営業マンになり、さらに都内のレストランに転職して…といった紆余曲折もある。いったいどういった経緯で、「現在地」の農業へとたどり着いたのだろうか。

●プロフィール

大貫 伸弘さん ONUKI NOBUHIRO

ヒューマンアカデミー東京校
スポーツグカレッジ
スポーツトレーナー専攻
(自由が丘産能短期大学 通信教育課程 併修)
2007年卒業

勤務先:Bonz farm(ボンズファーム)
仕事内容:野菜を育てる、野菜を売る
モットー:感謝
座右の銘:禍福は糾える縄の如し
趣味:筋トレ

スポーツトレーナーから飲食業、そして農家へ
すべての経験を糧にしたからこそ今がある

農業をはじめて10年。その美味しさでファンを獲得

農園を彩る野菜は季節によって変わる。インタビューのために訪れた初冬の頃は、白菜や大根、水菜といった鍋系の野菜たちが食べ頃を迎えていた。「ちょっと味見してみますか?」。収穫用の包丁で、ザクッと切った“かつお菜”が差し出される。これは煮込むとかつお出汁に負けない豊かな風味が出てくるのだという。福岡ではお雑煮に入る定番野菜でもあるらしい。生でかじると大根に似た辛味の後、じゅわっと旨味が口に広がった。いわれてみればかつお出汁っぽさを感じないでもない。「どんな野菜でも、新鮮なうちはこうやって生でかじっても美味しいんです。かつお菜は冬の間、凍っては溶け、凍っては溶けてを繰り返して、旨味が凝縮されていきます」。

ギャンブルだねといわれることも

ボンズファームは埼玉県羽生市にある。山林ではなく住宅地に囲まれており、かつては水田だった跡地を畑に転換して露地栽培をしている。そのため水はけがあまり良くなく、本来は野菜を作りやすい土地ではないらしい。「同業者にはよくここでやってるね、ギャンブルだねといわれることもあります。独立前は茨城で農業の修行していたんですが、そこと比べると確かにいろいろと難しい。でも水が抜けにくい分、肥料も抜けにくいから、天気さえ良ければ、すごく美味しい野菜ができるんですよ」。

そう語る大貫さんは、当然ながら“プロ農家”の顔。農業をはじめて10年以上。今や生産量も顧客数も安定し、ビジネスとしてしっかり利益を確保できるサイクルで回せている。とはいえ露地栽培は天候に左右されやすく、これまで台風で農園の野菜がほぼ全滅したこともあった。またコロナ禍の時期は飲食店からのオーダーが減ったりもした。しかしボンズファームの有機野菜は、何よりも味がいい。それが口コミやネットを通じて評判になり、定期的に求める声も着実に増えていった。

「ありがたいことです。いつも自分の野菜を食べてくれる人の顔を思い浮かべながら、心を込めて育てています」

ヒューマンと短期大学のダブルスクールから大学編入へ

小さい頃から野球少年だった大貫さんは、将来スポーツトレーナーや体育教師になりたいと考えていた。代々続く農家の長男という自覚もあったが、まずは自分のやりたいことにチャレンジしたい。そう思って大学受験では体育大学を選んだ。「しかし残念ながらうまくいかなくて。そんな時に受験生向けに配られていたチラシで、ヒューマンアカデミーの存在を知ったんです」。ヒューマンアカデミーには大学編入制度がある。各カレッジで専門知識を学びながら、並行して短大卒の資格を取得し、2年後には四年制大学に編入を目指せるシステムのことだ。これならタイムロスもなく体育大に再挑戦できる。そう思ってヒューマンアカデミー東京校・スポーツカレッジ(スポーツトレーナー専攻)への入学を決めた。

ヒューマンと通信制短大のダブルスクールで忙しい日々。そんな中、自分の力で生活していけるようアルバイトにも精を出していた大貫さん。「居酒屋など飲食店で働いていました」。これが後に、彼の進路に大きな影響を与えることになる。そして入学から2年後、スポーツカレッジでバイオメカニクスやトレーニング、ケアなどの知識を学び、無事に短大卒の資格も得た。大学編入もうまくいったが、そこで選んだ学部はスポーツ系ではなく、経済学部だった。

「アルバイトの経験を通じて、飲食業界って面白いなと思ったのがきっかけ。経営にも興味が出たので、それで経済学部に編入したんです」。スポーツトレーナーの方はいったん棚上げ。たとえ別の道に行ったとしても、その知識はどこかで役に立つと思っていたので後悔はなかった。実際に今の仕事では大いに役立っている。「どういう動きをすると、どんな筋肉が使われるのか、どういう部分に疲労が溜まりやすいのか。そういったメカニズムが分かるので、ケガの予防やケアもしやすいです」。

飲食の営業からレストランに転職。そして農家の道へ

「少しでも農業に携われる仕事がいいんじゃないか思った」

大学編入後、勉強に励み学生生活を満喫しながらも、飲食店でのアルバイトは継続。やがて卒業後の進路を考える時期になると、スポーツトレーナーや体育教師としてのビジョンはなくなり、はっきり飲食業界で働きたいと考えるようになっていた。そして決めた就職先は、飲食店の情報を幅広く扱う大手ウェブサイトの運営会社。「ただ、配属されたのは営業職だったんですよね。自分としては現場で働きたいという思いが強かったので、1年ほどで退職して、六本木にある農業レストランに転職しました」。

日本全国の農家と契約してさまざまな食材を仕入れ、大都会の中心からそれを使った料理を発信する。そんなコンセプトのレストランだったという。農業と名の付いた職場を選んだのは、実家の状況とも少し関係があった。「それまでメインで頑張ってきた祖父が足を悪くして、仕事を続けていくのが難しくなってきたんです。私はなんだかんだ長男ですから、家業をどうするのか、いつかは決めないといけない。それが祖父のこともあって現実味を帯びてきた。当時はまだ決断できていませんでしたが、畑を継ぐ可能性があるのなら、少しでも農業に携われる仕事がいいんじゃないかと思ったんです」。

ボンズファームの誕生

そこでの仕事はレストラン業務がメインながら、契約している農家と付き合う機会も少なくなかったという。実際に農地を見学する機会もあり、時には貴重な農業の現場の話を聞くこともできた。そういった経験が積み重なって、大貫さんの中で農家になるという将来像が現実的になっていく。そして転職から2年、レストランの副支配人を任されるまでになっていた時のこと。「いよいよ祖父が引退することになった。それまでは正直迷いもありましたが、ようやく自分で農業をやる決意が固まりました」。レストランを辞め、茨城の農園で2年間修行した後、実家に戻って自分の農園を開くことになった。こうして2015年、ボンズファームが誕生した。

種まきから収穫、販売まで自分1人ですべてこなす

農家といってもさまざまだが、大貫さんは自然環境に近い露地栽培で、除草剤などの化学農薬を使わずに育てる有機栽培にこだわっている。ちなみに露地栽培とは普通に屋外で栽培すること。ビニールハウス栽培のように温度や湿度のコントロールはできないので、たとえば真冬にきゅうりを作るといったことは難しい。「自然と季節に応じた品目を作ることになります。なので春夏秋冬、いつでも野菜が育てられるように、年間100種類くらいを扱っています」。

具体的にはじゃがいも、キャベツ、人参などお馴染みのものから、タケノコ白菜、ターサイ、香菜(パクチー)などの中国野菜や、ロメインレタス、フェンネル、トレビスといったイタリア野菜も栽培している。「フェンネルなんかは飲食店からの要望もあって作っています。多品目栽培なので、そういうリクエストにも応えることができます」。

もちろん苦労も多い。前述した台風などの自然災害や、猛暑や干ばつ、多雨といった天候による影響だけでなく、化学農薬を使わない有機栽培では、雑草や害虫の被害とは無縁ではいられない。インタビュー時も「虫にたかられてあっという間にダメになっちゃった」という大根が、畝の上に山積みになっていた。それでも美味しい野菜を作るためなら、大貫さんは妥協しない。どんなに大変でも、ほとんど休みがなくても、きちんと結果が出るなら苦にならないという。事実、種まきから収穫、出荷、配達まで、すべての作業は大貫さんが1人で行っている。経理関係や取引先とのやり取り・新規開拓などもワンオペだ。「たまにイベントでマルシェに出店する際などは妻が手伝ってくれたりしますが、それ以外は1人。今はSNSで発信する時間もないくらいです」。

美味しいと喜んでもらえる野菜を作り続けていく

一般的に野菜といえば、作りたい献立に応じて買うもの。たとえばサラダを作るためにレタスやトマトを買う、鍋にしたいから白菜やネギを買う、といったように。スーパーの店頭にズラリと並んだ野菜の中から、必要なものを選んで購入するのが普通だろう。一方でボンズファームの野菜は「おまかせ販売」が基本。オススメの野菜を箱に詰め合わせ、飲食店や個人宅に単発や定期便で送るスタイルが中心だという。「独立前に修行していた農家の師匠に教わった売り方なんです。自由に種類を選ぶことはできませんが、その季節の旬を味わえるのがメリット。オーダーが入ってから収穫するので鮮度も抜群です」。

ゆえに消費者としては、素材ありきで料理を考えることになるが、旬のものを楽しむという意味では、こちらが本筋ともいえる。「美味しい野菜を、美味しい時期に食べて欲しい」。そう願っているからこそ、大貫さんは多品目の露地栽培を行っているのだ。「何よりも喜んでもらえるのが一番。ボンズファームの野菜は美味しいねといわれるのが、最高に嬉しい瞬間です」。飲食店で働いていた時、お客さんのリアクションを目の前で見続けてきたことも関係あるだろう。良質なサービスで人を満足させ、笑顔にすることにやり甲斐を見出す。それが大貫さんの仕事スタイル。もしスポーツトレーナーになっていたとしても、根っこの部分はきっと同じだったに違いない。

「これからも人に喜ばれる野菜を作っていきたいですね。土作り、品種選び、育て方など、もっと努力して試行錯誤して、美味しさを追求していきたいです」。

先輩から後輩へのアドバイス

「ヒューマンアカデミーには、同じ目標や同じ趣味を持っている人が、きっと沢山いるはずです。そういった仲間たちと一緒に、切磋琢磨しながら学んでいくのがいいと思います。私はスポーツトレーナーとは違う道に進みましたが、今でもスポーツカレッジのクラスメイトとは付き合いがあります。卒業後に就いた仕事は違えども、ともに学んだことで理解し合える大切な友人になりました。そういう意味でも、ヒューマンに入って良かったと思っています」。

Bonz farm FaceBook

PHOTO:内田 俊輔 / TEXT:佐藤 知範 / EDITORIAL:賀川 真弥

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です